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大阪高等裁判所 昭和31年(ナ)1号 判決 1956年9月13日

原告 山下慶一郎

被告 兵庫県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

昭和三〇年九月三日執行の兵庫県氷上郡氷上町々会議員選挙における当選の効力について原告の提起した訴願に対し被告委員会が昭和三一年一月二一日為した裁決はこれを取消す、右選挙における当選人打田義郎の当選を無効とする、訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、

その請求の原因として、

(一)  原告は昭和三〇年九月三日執行された兵庫県氷上郡氷上町々会議員選挙の南選挙区における立候補者であつて、同選挙区においては、ほかに、訴外打田義郎初め赤井武雄、稲次重司、塚口三喜男、梅津藤三郎、鈴木康吉、梅垣大治、三崎三郎が立候補したのであるが、右選挙において、原告は二四四票の投票を得て、次点者打田義郎の得票二四三票と一票の差をもつて当選し、氷上町選挙管理委員会からその旨決定の通知を受けた。しかるところ、右当選の効力に関し打田義郎から異議の申立があつたので、同委員会は、昭和三〇年九月二六日開票の際無効として処理されていた投票中「」及び「有田義郎」と記載された二票を有効とし、これを次点者打田義郎の得票に加算すると同人の得票数は二四五票となり、原告の得票数より一票多いこととなるから、右打田義郎を当選人、原告を次点者とすべきであるとして、同委員会の決定を取消し、原告の当選を無効と決定した。そこで、原告はこれを不服として昭和三〇年一〇月一三日右二票及び開票の際打田義郎の有効得票として処理された「」と記載された一票は、いずれも文字の記載でないか、少くとも打田義郎を表示する投票とは認められないかであるとの理由で、当選の効力に関する訴願を被告委員会に対し提起したところ、被告委員会は昭和三一年一月二一日右三票について、「有田義郎田中」と記載された一票は打田義郎の氏名を誤記したものであり、又「」及び「」と記載された二票は「うちだ」と判読できるから打田義郎に対する投票であるとして、いずれもこれを有効と認め、原告の訴願を棄却するとの裁決を為し、その裁決書は同月二四日原告に交付された。

(二)  しかしながら、右三票はいずれも次に述べる理由によつて無効である。即ち、

(1)  「有田義郎」と記載された一票について、

右投票の記載は「有田義郎」となつていて、「打田義郎」とはその氏を異にしており、且本件南選挙区内の旧沼貫村には「有田義郎」なる者が昭和二〇年四月から昭和二八年五月まで居住し、昭和二一、二年頃戦災疎開者組合の組合長をしていたので、右投票は打田義郎の氏名を誤記したものとなし得ないのみならず、その「有田義郎」と記載した文字は相当書馴れた字体であつて、しかも明瞭であるから、議員候補者の氏名を書損じたものとは到底考えられないところであつて、寧ろ、故意に右投票を無効と為すべく、打田義郎の氏名から曾ての区内居住者たる前示「有田義郎」なる者の氏名を連想し、これを記載したものとなすべきである。従て、右投票は選挙の候補者でない者の氏名を記載したものであつて、無効である。

(2)  「」と記載された一票について、

右投票の記載は「」となつていて、文字の形態を具えておらず、符号と見るのほかなく、これを「うちだ」と判読するのは無理も甚しい。強いてこれを読むとして、「」は「う」と読めるとしても、「」は「え」又は「ゑ」と見るのが形象に近いものであつて、「ち」をもじつて書いたものとは見えないし、又「」は「だ」のほかに最下右方の濁点と見られる部分を生かして「」とも読めるのであつて、これを組合せると「うえだ」「うゑだ」「うゑ」となり、前二者を称する候補者はおらないし又最後の「うゑ」に至つては前記候補者中の一人梅津藤三郎の氏を表示するものとさえ解せられないでもない。従つて右投票は選挙の候補者の氏名を確認し難いものであつて無効である。

(3)  「」と記載された一票について、

右投票の記載は「」となつていて、これ亦文字による表現ということはできないし、勿論これを「うちだ」と判読することは飛躍も甚しい。従て、右投票も亦選挙の候補者の氏名を確認し難いものであつて無効である。

(三)  そうすると、候補者打田義郎の得票は結局二四二票となり、原告の得票数より二票少ないこととなる。

よつて、右裁決の取消並に打田義郎の当選無効宣言を求める。

と陳述した。

(立証省略)

被告委員会代表者は

主文と同旨の判決を求め、

答弁として、

原告の主張事実中(一)の事実、及び候補者打田義郎の有効投票中に原告主張の(1)乃至(3)の各投票が存すること、並に訴外「有田義郎」なる者が本件南選挙区内の旧沼貫村に原告主張の期間居住し、戦災疎開者組合の組合長をしていたことはいずれもこれを認めるがその余の事実はこれを争う。原告主張の(1)の投票は、本件南選挙区内に「有田」又は「打田」の姓を称する者が多く二者を混同しやすいのと、投票所における一種の緊張感から、「打田」か「有田」かの判断に迷い「打田」を「有田」と誤記したものとみるのが妥当である。前示「有田義郎」なる者を知る程の者は同人が他に移住したことも亦知つているものというべきであるから、同人に投票したものとなすべきものではない。原告主張の(2)の投票は文字が甚だ稚拙で不鮮明ではあるが「」は「う」と「」は「だ」とみられ、又「」は「ち」を書こうとして正確な「ち」の字を忘れ、「ち」をもぢつて書いたものと推測されるから、これを「うちだ」と判読するのが相当である。原告主張の(3)の投票はこれ亦文字が拙劣で不完全なものではあるが、右側の三字は「うちら」であり、左側下の「ま」の「ま」は「き」と推測され「」は「郎」を書こうとして書くことができずに抹消したものとみられるのであつて、これを「うちらき」と判読することができる。そしてその記載の形態からみると、右側に氏を、左側に名を表示して氏名の全体を完成しようとしていることが窺われる。そこで、右(1)乃至(3)の各投票は候補者打田義郎に対し為されたものと認むべきである。

と陳述した。

(立証省略)

理由

原告主張の(一)の事実及び候補者打田義郎の有効投票中に原告主張の(1)乃至(3)の各投票が存することは当事者間に争がない。

よつて、右(1)乃至(3)の各投票の効力について考える。

一、(1)の「有田義郎・甲中」と記載された一票について、右争になつている投票であることが当事者間に争のない検乙第一号証によると、右投票の記載は「有田義郎」となつていて、「打田義郎」とはその氏を異にしていることが明であり、「有田義郎」なる者が本件南選挙区内に原告主張の期間居住し、昭和二一、二年頃戦災疎開者組合の組合長をしていたことは当事者間に争のないところであるが、同人は本件選挙区内の現住者でなく又前示議員候補者でもないので、単に「有田義郎」と「打田義郎」と氏を異にし且「有田義郎」なる者が本件選挙区内に曽て実在していたとの事実だけでは直ちに右投票が同人の氏名を記載したものと即断することはできないし、他に特に同人の氏名を記載したものと考えられる事情もこれを認め得る証拠がない。尤も「有田義郎」と記載した文字が原告の主張するように、相当書馴れた字体であつて、しかも明瞭であることは該記載文字の運筆形態からこれを察知するに難くないけれども、相当書馴れた者でも書損じがないものとは保し難いところであり、且投票は特段の事情なき限り候補者の何人かに投票されたものとすべきであるから、このような記載文字の態様から投票者において候補者以外の者の氏名を記載しこれによつて右投票を無効に帰せしめる意図の下に前示「有田義郎」なる者の氏名を記載したものと推断するわけにはいかない。却て、「有田義郎」なる者は前述したように他に移住し、本件選挙については選挙権は勿論被選挙権も有していないことが明であり、又本件南選挙区内における立候補者は冒頭で認定したとおりであつて、この中には「有田」なる氏を有する者なく、その氏名の中に「田」の字を有する者も候補者打田義郎を措いて他に見当らないのみならず、「有田義郎」と「打田義郎」とは一字違であつてその間に類似性あることが窺われ、しかも、投票所のような場所においては一種の緊張感から往々このような類似のものを取違えて記載することもあり得るのであるから、このような事情の下においては、右投票の「有田義郎」なる記載は候補者打田義郎を指示する意思でなされたものであつて、単にその氏名を記載するに際り、冒字の「打」を「有」と誤記したにすぎないものと認めるのが相当である。従て、右投票は候補者打田義郎の有効投票と解すべく、これを無効とする原告の主張は採用することができない。

二、(2)の「」と記載された一票について、

右争になつている投票であることが当事者間に争のない検乙第二号証によると、右投票の記載は「」となつていて、その記載形跡からみて、全然文字の形態を具えていないものとなすよりは寧ろ、稚拙不鮮明ながらも、文字として記載されているものとなすのが相当である。しかして、右記載自体に徴すると、右「」の中「」は「う」を記載したものと認められ、「」は一見「え」のようにみられないこともないが候補者中その氏名に「え」と読まれる部分がなく、「ち」と読まれる部分があるところから考えて、右は「え」とみるよりも「ち」を書こうとして正確な「ち」の字を書くことができずに、「ち」をもぢつて記載したものと推測するのが相当であり、勿論これを「ゑ」とは到底みることができない。又「」は「だ」を記載したもので、その濁点を書くについて右側の上方に書くべきものを右側の下方に書いたものと認められる、そうすると、右投票の記載は「うちだ」と判読できて候補者打田義郎を指示したものというべく、従て右投票は同候補者の有効投票と解すべく、これを無効とする原告の主張は採用するわけにはいかない。

三、(3)の「」と記載された一票について、

右争になつている投票であることが当事者間に争のない検乙第三号証によると、右投票の記載は「」となつていて、これもその記載形跡からみて、拙劣不完全ながら文字の形態はこれを具えているものとなすのが相当である。しかして右記載自体によると、右「」の内「うちら」は勿論「うちら」と記載したものと認められ、又「」の中の「」は「き」を記載したものであり、「」は「郎」を書こうとして書くことができずにこれを抹消したものであることが窺われるので、右投票の記載は「うちらき」と判読できるところ、証人塚口規矩治の証言によつて明かなように本件選挙区地方においては「だ」を訛つて「ら」と発音する者が多い事実から考えて右「うちらき」の「ら」の記載は「だ」を記載する意思で為されたものと推測され、又右投票の右側に「うちら」と左側稍々下方に「」と記載してある態度からみても、右投票の記載は右側に氏を、左側に名を表示して氏名の全体を完成しようとしており、しかも左側の「ま」は打田義郎の「義」の音である「き」を表示しているものと推察できるので、右投票の「うちらき」の記載は候補者打田義郎を指示したものというべく、従つて右投票も亦同候補者の有効投票と解すべく、これを無効とする原告の主張は採用することができない。

そうすると、右と同趣旨によつて原告の訴願を棄却した被告委員会の裁決は相当であつて、右裁決の取消並に打田義郎の当選の無効宣言を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却すべきものとする。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 朝山二郎 坂速雄 岡野幸之助)

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